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RESCYOU京都(レスキューきょうと)〜京都登山研究所〜

山の相談110番:090-9213-0709 自救力アップのための出張講習も行います

比良登山道報告

本日(6/29) 比良登山道を調査したところ、クロトノハゲ~木戸峠までの間で一ヵ所の橋で踏み板が外れる若しくは割れてしまいそうになっていました。
今日は渡れましたが時間の問題です。
その他にもクロトノハゲ~木戸峠間で何ヵ所か注意しないといけない場所がありましたので、もし同ルートを企画している方は十分注意してください。

  1. 2014/06/29(日) 20:55:30|
  2. 活動内容
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JNNより 山岳事故のニュース

タケノコ採りの男性不明、2日目の捜索続く 長野・高山村
TBS系(JNN) 6月28日 12時16分配信
 長野県高山村で、タケノコ採りに出かけた男性の行方がわからなくなっていて、警察や消防などで捜索しています。

 行方がわからなくなっているのは、長野市の67歳の男性で、26日朝、高山村の山に入りましたが、戻らないため、男性の妻が警察に届け出ました。

 男性が山に入った26日は、周辺では雨が降っていたということです。(28日11:30)
  1. 2014/06/29(日) 05:57:15|
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静岡新聞より 山岳事故のニュース

須走口遺体は東京都の男性 御殿場署
@S[アットエス] by 静岡新聞 6月28日 7時25分配信
 20日に富士山須走口8合目(3350メートル)付近で見つかった男性登山者の遺体について、御殿場署は27日、東京都板橋区南常盤台、建設作業員の男性(62)と断定した。死因は頭部の骨折による脳挫傷。同署によると、死亡時刻は18日昼ごろと推定される。
 男性はアイゼンやピッケルなど本格的な登山装備をしていた。20日に別の登山者が倒れていた遺体を発見し、同署に通報した。登山計画書などは提出されていないという。
  1. 2014/06/29(日) 05:54:29|
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東京新聞より 山岳事故のニュース

[静岡]夏山以外 登山計画書提出 義務付け検討方針

2014年6月27日

 
 富士山で登山者の遭難事故が急増していることを受け、川勝平太知事は二十六日の県議会六月定例会で、夏山シーズン以外の登山者を対象に、登山計画書の提出義務化を検討する方針を明らかにした。中沢通訓氏(富士の会、静岡市清水区)の一般質問に「関係者や専門家の意見を聞きながら、さまざまな観点から検討する」と答弁した。
 川勝知事は「知識や装備が不十分で、無謀な登山をするのが遭難事故の原因。登山者がルールやマナーを守るよう、呼び掛けることが重要」と指摘。山頂まで夜通し登る「弾丸登山」は「廃止しなければならない」と訴えた。
 県によると、二〇一三年度の県内の山岳遭難件数は、統計が残る一九七三年以降で最多の百三十九件。約七割の九十八件(うち七十九件は七、八月)が富士山で発生し、前年度より四十二件多かった。遭難事故の99%は、登山ルートや日程などを記した登山計画書が未提出だった。
 登山者の安全確保のため、富山県や群馬県は、一部の山で計画書の提出を義務付ける罰則付きの条例を定めている。
  1. 2014/06/28(土) 07:24:36|
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東京新聞より 山岳事故のニュース

[三重]強風想定し救助訓練 御在所ロープウエイ

2014年6月27日

 
 菰野町の御在所ロープウエイは二十六日、ゴンドラが強風で緊急停止し、乗客が取り残されたと想定した救助訓練をした。
 ゴンドラは標高八〇〇メートル付近で停止したと想定。職員が手動式の一人乗りリフトでゴンドラに近づき、天井の緊急用ハッチから室内に入った。床の板を開け、筒状の救助袋をくくりつけたロープを二十メートル下の斜面に垂らし、乗客役の五人を一人ずつ救助袋に乗せてゆっくり降ろした。
 定期点検の最終日に毎年行っており、ロープウエーは二十七日から運転を再開する。(佐野周平)
  1. 2014/06/28(土) 07:23:26|
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毎日新聞より 山岳事故のニュース

<北アルプス北穂高岳>南稜付近で男女2人の遺体
毎日新聞 6月25日 23時39分配信
 25日午後7時20分ごろ、長野県の北アルプス北穂高岳(3106メートル)の南稜(なんりょう)付近の斜面で、滑落したとみられる男女2人の遺体を北アルプス南部地区山岳遭難防止対策協会の救助隊員が発見した。県警松本署は、2人は神奈川県の70代男性と60代女性とみて、26日に長野県警のヘリコプターで収容し、身元確認する予定。

 同署によると、2人は計5人のパーティーで23日に入山したとみられる。24日は涸沢(からさわ)の山小屋に泊まり、25日は他の仲間と別行動で北穂高岳と涸沢を往復する予定だった。2人が山小屋に戻らなかったため仲間が110番した。【巽賢司】
  1. 2014/06/26(木) 08:36:51|
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朝日新聞より 山岳事故のニュース

山菜と水で10日「何があっても助け合うべし」母子救助
朝日新聞デジタル 6月25日 21時37分配信

 「何があっても助け合うべし」——。タケノコ採りで15日に田代岳付近に入山後、山中で10日を過ごした母子は、沢の水を飲み、山菜を食べながら命を支え合った。青森県大鰐町の山中で25日、相次ぎ見つかった秋田県大館市岩瀬の無職津嶋キサさん(77)と長男の福祉施設職員の政喜(せいき)さん(57)。家族や関係者は「奇跡だ」と無事を喜んだ。

 「おかげさまで生きて帰ることができました。ありがとうございました」

 政喜さんは、入院先の大鰐町の病院で身ぶり手ぶりを交えながら、遭難時の様子などを報道陣に話した。

 キサさんとは、山中で「ここでは死ねない。何があっても助け合うべし」と励まし合った。口にできたのは手分けして採った山菜の「ミズ」と沢の水だけ。政喜さんはミズが体に合わず、途中からは水だけを飲んでいたという。

 数日前、山頂付近で木を伐採する音が聞こえた。助けを求めて斜面を登ろうとしたが、体調が悪く、代わりにキサさんが登った。そこで2人ははぐれてしまった。

 キサさんは登っている途中で足を痛め、下りる途中の林道脇でうずくまっているところを25日朝、山菜採りをしていた秋田県北秋田市の男性(67)が発見したという。

 青森県警のヘリは、キサさんの説明に基づいて付近の山中を上空から捜索。ヘリの音に気づいた政喜さんは、目立つようにとカッパの白い裏地を振り回して位置を知らせた。「ここが勝負と思った」

 2人が搬送された町立大鰐病院の佐藤新一院長によると、病院で再会したキサさんと政喜さんは泣いて喜んでいた。2人とも疲れた様子で、打撲や軽い脱水症状があり、「潰瘍や血が固まる心配もあるので様子を見る」として2週間ほど入院するという。キサさんは「夜はクマが出ると困るので、時々大声を出した」と振り返ったといい、佐藤院長は「2人が元気なのは不思議。信じられない。生への執着があったのか」と話した。(須田世紀)
  1. 2014/06/26(木) 08:34:51|
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静岡新聞より 山岳事故のニュース

富士山富士宮口で登山者を救助 下山中、道迷う
@S[アットエス] by 静岡新聞 6月25日 14時12分配信
 24日午後9時50分ごろ、富士山富士宮口5~6合目で、登山していた石川県七尾市の男性会社員(49)が道に迷った、と市消防本部を通じて富士宮署に連絡した。県警山岳遭難救助隊が出動し、約3時間後に男性を救助した。
 同署によると、男性は24日朝に入山。登頂後、下山途中だったという。富士宮口は20日に5~6合目の冬季閉鎖(通行止め)が解除された。6合目より上は冬季閉鎖が継続されている。
  1. 2014/06/26(木) 08:27:49|
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静岡新聞より 山岳事故のニュース

富士山で救助訓練 シーズン前に連携確認
@S[アットエス] by 静岡新聞 6月24日 7時27分配信

 富士山の夏山シーズン到来を間近に控え、御殿場市・小山町広域行政組合消防本部山岳救助班と県警山岳遭難救助隊、須走口の山小屋関係者らは23日、小山町須走口の下山道で合同の山岳救助訓練を行った。年々、増加傾向にある救助要請への連携した対応を確認した。
 訓練は、須走口6合目付近で滑落したけが人を発見した登山者が山小屋に駆け込んだという想定。参加者にけが人の居場所は知らされず、実動的な訓練を目指した。
 山小屋が無線や携帯電話で消防や警察、関係する山小屋に通報し、登山ガイドが捜索を開始した。濃い霧が立ちこめる悪天候の中、通報者の情報を基に2350メートル付近でけが人を発見し、近くの山小屋の自動体外式除細動器(AED)を使って救命措置を行った。消防と県警の到着後、荷物運搬用の重機にけが人を収容した。
 山岳救助班員は「富士山での事案は到着までに時間を要する。山小屋やガイドとの連携により、速やかな救助ができるようにしたい」と話した。
  1. 2014/06/24(火) 08:15:54|
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AFPより 山岳事故のニュース

ヒマラヤ登山の生き字引、90歳の山岳ジャーナリスト
AFP=時事 6月23日 16時7分配信

【AFP=時事】今年4月に世界最高峰エベレスト(Mount Everest)で雪崩による死亡事故が発生した際、記者たちの取材が殺到したのは、かつてエベレスト登頂を世界で初めて達成したニュージーランドの登山家、故エドモンド・ヒラリー(Edmund Hillary)卿が「登山界のシャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)」と呼んだ90歳の女性だった。

女性最年少でエベレスト登頂の13歳少女、体験語る

 4月18日早朝に起きた雪崩はネパール人ガイドの一行を襲い、午後1時までに9人が死亡。最終的な死者数は16人に上り、エベレスト登山史上最悪の事故となった。

 エリザベス・アン・ホーリー (Elizabeth Ann Hawley)さん(90)は、ネパールの首都カトマンズ(Kathmandu)を拠点に、山岳ジャーナリストとして50年以上にわたり「世界の屋根」を舞台に繰り広げられた栄光と悲劇の数々を記録し続けてきた。

 そんなホーリーさんでも、人の死を記録することは今でも厳しい。「一番つらいことです…ただただ悲しい」。生涯をかけて取り組んできた仕事のおかげで一杯となった書棚をかきわけ、重要なヒマラヤ登山の数々を記した数千ページ分の資料ファイルをあさりながら、ジャーナリストたちから相次ぐ問い合わせ電話の応対に忙しかった日々を振り返り、ホーリーさんはAFPの取材に語った。

 ホーリーさんは1923年11月9日、米シカゴ(Chicago)で、公認会計士だった父と女性参政権運動の活動家だった母の下に生まれた。ミシガン(Michigan)州の大学を1946年に卒業するとすぐさま、ニューヨーク(New York)のマンハッタン(Manhattan)に移り、米誌フォーチュン(Fortune)の調査員としての職を得た。

 だが、ほどなく旅の熱にとりつかれることになる。「ビジネスマンや政治家のプロフィールを調べて書くという仕事がほとんどだったから飽きてしまった」。その後数年間は「ランチはサンドイッチとアイスクリームだけ」という生活を送って貯金に励み、1957年に世界を見て回るべく旅に出た。

 旅路はフランスやドイツ、旧ユーゴスラビアを経てインドに至り、そこで出会った米誌タイム(Time)の支局長から、外国人の入国をようやく認めたばかりだったヒンズー教国ネパールを旅する間、同誌のために記事を書いてみないかと打診された。その頃には資金も底をつき始め、なによりその申し出は断る理由がないほど魅力的だった。「この場所が、とてつもない変貌を遂げていくということが当時の私には分かっていたし、それが私をひきつけた」


■世界最高峰での偉業を次々に報道

 ホーリーさんがつかんだ初めての大スクープは、1963年に米国の登山隊がエベレスト遠征を敢行した際、ベースキャンプと現地大使館をつないだ機密の無線通信への接続を、米駐在武官がホーリーさんに認めたことがきっかけとなった。その結果、米遠征隊がエベレスト登頂に成功したニュースを世界に先駆けて報じることになる。

 すぐに、ヒマラヤ登山に関する権威の1人という評価を築き上げ、新記録を樹立したという登山家たちの主張の真偽を検証する第一人者となった。「私はかなり強引な性格だと思う。話が本題に入り、私の質問をかわすことができると思っている人がいるならば、考えを改めないとね」

 インド人の13歳の女子生徒、マラバト・プルナ(Malavath Poorna)さんが先月、女性最年少のエベレスト登頂に挑戦した際には、ホーリーさんがまとめた「ヒマラヤン・データベース(Himalayan Database)」によって成功が認定され、エベレスト登山史に新たにプルナさんの名前が刻まれた。

 ホーリーさんのデータベースはこれまでの記録を徹底的に網羅しているため、エベレスト登頂者に無料で食事を振る舞っているカトマンズ市内のレストラン「ラムドゥードゥル(Rum Doodle)」の経営者は、客たちの登頂の成否を確認するため、まずはホーリーさんに電話するという。

 日本人登山家の田部井淳子(Junko Tabei)さんが1975年に成し遂げた女性初登頂や、その5年後にイタリアの伝説的登山家ラインホルト・メスナー(Reinhold Messner)さんが達成した史上初の無酸素単独登頂など、エベレスト登山史に残る数々の偉業をホーリーさんは報じてきた。

 とりわけメスナーさんとは今も親しい間柄だ。さらには、もしもホーリーさんがいなかったら、メスナーさんはその栄誉を勝ち得ていなかったかもしれない。ホーリーさんによるとその頃、北極点への単独到達という歴史的快挙をすでに達成していた日本人冒険家の植村直己(Naomi Uemura)さんが、次のターゲットをエベレストに据えていた。「メスナーはずっと単独登頂を計画していたけれど、数年間は挑戦しないつもりだった。そんな時、日本の登山家が単独登頂を目指すつもりだという話を私が聞きつけて、メスナーに話したら計画の実現に乗り出したのよ」


■時代の変遷の目撃者

 ホーリーさんは愛車であるスカイブルーの1965年製フォルクスワーゲン・ビートル(Volkswagen Beetle)に乗ってカトマンズ周辺を走り回り、登頂を控えた、もしくは終えた登山家たちへの取材を続けている。だが、それ以外の部分では登山を取り巻く状況はすっかり変わってしまった。

 一国を挙げて政府が登山隊を派遣した時代に取材を開始したホーリーさんは、単独登頂が主流となった時代を経て、商業登山が隆盛する今の時代を懸念の目で見つめている。「シェルパたちが外国人登山客にロープをつけてあげたり、外したりしなければならないケースもあったらしい。その登山客グループはそれさえも知らなかったのだそう。一体、何をしに行ったのかしら」

 4月18日の雪崩事故でも、外国人登山客のためにシェルパが引き受けるリスクについて議論が巻き起こり、数百人のシェルパたちが今シーズンの登山に難色を見せて事実上、閉山されてしまう事態に陥った。

 ヒラリー卿が1960年に設立したシェルパ支援のための団体「ヒマラヤン・トラスト(Himalayan Trust)の活動にも数十年間、協力してきたホーリーさんは、これほど多くのシェルパたちを失ったことは、地元社会にとって「痛恨の極み」だと語る。

 しかし、今回の閉山措置が将来にわたってネパールの登山関連産業に影響を及ぼすことはないだろうとも話す。「登山客たちは忘れてしまい、またやって来るようになるでしょう。だってやっぱりエベレストというものは、登山客が自分たちの故郷に帰ったときに有名人や重要人物に仕立てあげてくれる存在でしょう」

 一方、ホーリーさん自身も歴史に名を刻む業績を成し遂げ、ホーリーさんの伝記やドキュメンタリーもある。ヒマラヤにはホーリーさんにちなんだ名がつけられた高峰もある。ただその峰を訪れる計画はないという。「いいえ、結構よ。私はトレッキングが嫌いで、心地の良いベットで眠り、温かい食事をとる方が好きなのよ。山に登りたいなんて一度も考えたことがないわ」【翻訳編集】 AFPBB News
  1. 2014/06/24(火) 08:13:13|
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